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「吉川です」 余所行きの若先生の声だ。 人当たりの良さそうな、柔らかい音。 診察室じゃ大概この音で話す。 人格別モノなのもいいとこだわ。あたしに対するソレとは違うわね。 でも、若先生ってずっとこうだったっけ? よく診察室に入る手前のカーテンのとこでぶつかってたっけ。 口は悪かったよなー。 ええ、とか はい、とか わかりました、とか。 兄が一方的に話してるみたいな感じだった電話。 それを返されて、行くぞ。 という、また低い音の後に続いた。 行くぞ、ってどこへさ。 は! まさか! 若先生の部屋の2階に住むとか? いやいや、まさかなぁ。 なんてアホな考えなんだ。 我ながら呆れる…。 さすがにそれはナイナイと首を振りエレベーターに乗り込んだ。 いつもならそのまま部屋階ボタンを押すはずなのに今日は1階ロビーのボタンが光っている。 あ、なるほど。 やっぱり近くなんだ。 徒歩のが都合いいんだな。 そっか。 だよね、住所、近いもんね。 乾いた笑いを貼り付けて開く扉を見た。 広いエントランス。 高い天井。 ゆっくり寛げるロビー。 ロビー…。 ん?ロビー…… 「なんだ?」 見間違い、だろうか。 大きな男が座ってる。 あ、コーヒーなんかも出してくれるんだね、まるでホテルみたい。 って、そんな事を考えてる場合じゃない。 あれはどう見ても。 「お兄ちゃん!」 あたしは叫んでいた。
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