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「あの…、山下先生」 「どした?」 指先が熱くなって 喉が急に渇いてくるような感じを覚える。 「わか、…吉川先生って、あたしがいた頃もオペ、入った事ありますか…?」 下では、手術時間を掲示するタイマーが動き始めた。 素早く正確な手技がモニターにも映し出されて、ブース内でも歓声があがる。 「何度見ても、速いわね」 山下先生はモニターを見ながら呟いた。 「あぁ、そういえば、さっき代行がどうとか、聞いてたわね? 思い出したわ。あれ、吉川君に頼んだのよ」 ぎゅっ、と掴まれる心臓の奥。 あたしは彼のこの姿を知っている。 マスクより上の双眼がとても鋭く光っていて 迷う事なく披露される手技。 坦々と進められていくオペに こんなに簡単なんだ、と錯覚さえ起こさせてしまう。 掴まれたままの所が苦しくて どうして思い出せなかったんだろうと、今更ながらに悔やまれた。 みんながモニターを見守る中、あたしは現場に直接目を向けた。 もう既に人工心肺バイパスが確立されている。 速い。 工学技士が人工心肺装置を回し始める。 前よりも、格段に速いし上手い。 ここからだ。 大動脈が遮断されて、ここから。 若先生が あたしの事を知っていたのも当然なわけで。 代行とはいえ、一度おんなじ位置に立ってたんだ。 しかもあんなに劇的なオペで。 あの場には称賛と感嘆、そして羨望しか無かった。
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