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聞こえた、とは思うけど、返事は無かった。
マンションの前でいつものように別れて
ただ、その夜ひとつ違った事が
いつもはあたしがエントランスに入るまで待ってくれていた松本さん
今日はマンションの前ですぐに行ってしまった。
彼にしてみれば
そんな事をする義理は全く必要無かった訳だから、これが当たり前なんだけど
不思議に思ったのは瞬間で
後々思い出すまでも無かった。
間もなく部屋の前、と、いうところで
タイミングよく扉が開いた。
「あ、お兄ちゃん」
「おぉ、蜜」
「病院行くの?」
「ああ、ちょっとな。
明日はそのままいる事になると思うから」
「はいはい、気をつけて」
最近、お兄ちゃんともあんまり会話出来てなかった事に気付いて
「吉川、帰ってきたんだって?」
「え?あぁ、オペ、あるみたい」
「……会ってねーの?」
「会ったよ」
兄は、そうか、と呟き、何かを言おうとした唇をつぐんだ。
部屋はまだ暖かくて
すぐにシャワーに入って水を流し込む。
ちょっと飲み過ぎた感も大いにあるが
これ幸い、この勢いのまま眠ってしまおうと布団に潜り込む。
「ひゃあ、冷たい」
ボアのシーツが体温で温まる前に
あたしは眠りに吸い込まれた。
静寂が夜を包み
耳には何も届かない、はずだった。
鳴り響くチャイム
枕の下で震えるスマホ
大きく身を捩ってスマホを探し当てる。
スライドがうまくいかずに
モタツイテやっとの事で出た瞬間に聞こえたのは紛れもなく若先生の声。
「遅ぇ」
まだ寝惚けた頭で見たデジタルは02:23。
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