忘れ得ぬ一夜

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「麻倉どうだった? 実際に見てみて」 「……感慨深いですね、やっぱり。自分が担当していたものが、こうして形になっていくのを見るのは」 「本社を出て、いいこともあっただろう?」 「そう……ですね」  確かにあの時、新設されたばかりのこの支社への異動を蹴っていたら、私はとてもこんな仕事には携われなかっただろう。  入社当初からあくまで本社勤務にこだわっていた私は、辞令が下りた当初、支社への異動を断った。 でも実際は、本社での仕事に満足していたわけじゃない。  入社して3年そこそこの、しかも女性社員に宛がわれる役目なんて、よくて誰かのアシスタントだ。同期の男性社員たちが次々に大きな仕事を任され、活躍する中、入社前から望んでいた業務に携われない私は、日々鬱屈を抱えていた。  そんな中、人事との間に立って、私を説得してくれたのが、現在の上司である北山課長だった。  支社での勤務を渋る私に、先に支社への異動が決まっていた課長は異動の条件として、アシスタントとしてではなく、一担当として私に案件を任せると約束してくれた。  あの時も、課長が私の背中を押してくれた。彼がいなければ、今の私は存在しない。
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