忘れ得ぬ一夜

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 信号が青に変わり、前方の車が動き出す。  課長が私から視線を外し、アクセルを踏み込むのをじっと見ていた。 「……いえ、大丈夫です。今日は家でゆっくり休みます。ご心配おかけして申し訳ありません」  課長の気遣いは、あくまで上司としての域を出ていない。  ……でも、その中に込められた想いに気がつかないほど私も子どもでもない。 「手のかかる部下でごめんなさい」  今、この人に全ての感情を曝け出せるかといえば、そうじゃない。 「……そういうのでもないんだけどな」  だから私は、そう独り言ちる課長を横目に、気がつかないふりをした。
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