忘れ得ぬ一夜

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 週末の夜の街は賑やかで、解放感に満ちていた。  盛大な笑い声を上げ、浮かれて歩く学生の集団を避け、早足で通り過ぎる。  このまままっすぐ家に帰って、週末を一人で過ごすのかと思うと、ますます気持ちが落ちていきそうな気がした。  この私が、たかだか失恋したくらいでこんなふうになるなんて。    早足をやめ、力なく夜道に響くヒールの音を聞きながら夜の街を歩いていると、暗がりの中、柔らかな灯りを灯すスタンド看板が目に入った。 『Bar Arcadia』。嫌なことは全て忘れ、麗しい一夜の夢を見せてくれそうな名前だ。  ……やっぱり、ちょっと飲んでから帰ろうかな。  雑居ビルの1階にある木製の重いドアを開け、私は、地下にあるバーへと続く階段に足を踏み入れた。
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