忘れ得ぬ一夜

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「お待たせしました、ジントニックです」 「ありがとう」  ロンググラスの中で無数の炭酸が音を立てて弾けている。  私は、グラスの縁に飾られたくし形のライムを搾ると、それをそのままグラスの中に落とした。  胸の空くような爽やかな香気を吸い込んで、透明の液体を口に含む。  きつめの炭酸とフルーティーな香りが渇いた喉を滑り落ちる。一口、二口……。気づけばグラスの半分の量を喉に流し込んでいた。 「美味しいわ、とっても」 「ありがとうございます」  年若いバーテンダーは穏やかな笑みを浮かべ、静かに頭を下げる。  グラスをコースターに戻し、底に沈み気泡を上げるライムに視線を合わせると、もう忘れてしまいたい昼間の光景が頭を過った  
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