第1話 幕開け

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 深樹の兄、はるくんが高校から帰ってきたのは、今から三時間ほど前のことだ。いつものように「ただいま」を言って、いつものようにお風呂に入って、いつものように夕飯を食べた。ただひとつ、いつも通りでなかったのは、家族でクリスマス・どら焼を分け合ったこと。今夜はクリスマスイブである。  クリスマスといえば、多くの家ではケーキを分け合うだろう。でもこの家では、兄がものごころつく前から、祝いごとのたびに山盛のどら焼が出るのだ。大好物でおなかを満たして、兄弟は御満悦だった。 「お兄ちゃんはプレゼントまでどら焼だったよね」  深樹が口をはさんだ。 「どら焼は俺の生き甲斐だからね。どら焼ナシじゃ、俺は生きられない」 「ぼくよりずっと好きなんだから」  熱っぽく語っていた兄の顔が、急に冷める。 「うん。それで、ベッドによりかかってプレゼントを食べてたんだよ。あの窓の下に、ベッドが」  部屋のむかいを指す。兄弟のちょうど正面、この部屋の奥には窓がついていた。おとなの腰ほどの高さまで真っ青なカーテンが垂れて、その下の壁は丸見えだ。 「ベッドなんてないじゃん……あっ」  深樹は自分のおしりを確認すると、兄に迫った。 「ベッドって、今ぼくたちが坐ってるやつ!?」  はるくんは、むつかしそうな顔をしていた。  満面の笑みでどら焼をパクついていた、その真っ最中の事件だった。あの大きな音が家中にひびきわたったとき、兄はベッドもろとも、部屋のむかいに弾き飛ばされたのだ。意味がわからない。意味はわからないけど、はるくんの薄い体はとにかく宙に舞った。フラッシュを焚いたように、あたりは真っ白だった。重たいベッドも軽いどら焼も、すべてのものが宙に浮いた。  爆発音をきいて深樹がかけつけると、部屋はすでにめちゃくちゃになっていた。
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