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深樹の兄、はるくんが高校から帰ってきたのは、今から三時間ほど前のことだ。いつものように「ただいま」を言って、いつものようにお風呂に入って、いつものように夕飯を食べた。ただひとつ、いつも通りでなかったのは、家族でクリスマス・どら焼を分け合ったこと。今夜はクリスマスイブである。
クリスマスといえば、多くの家ではケーキを分け合うだろう。でもこの家では、兄がものごころつく前から、祝いごとのたびに山盛のどら焼が出るのだ。大好物でおなかを満たして、兄弟は御満悦だった。
「お兄ちゃんはプレゼントまでどら焼だったよね」
深樹が口をはさんだ。
「どら焼は俺の生き甲斐だからね。どら焼ナシじゃ、俺は生きられない」
「ぼくよりずっと好きなんだから」
熱っぽく語っていた兄の顔が、急に冷める。
「うん。それで、ベッドによりかかってプレゼントを食べてたんだよ。あの窓の下に、ベッドが」
部屋のむかいを指す。兄弟のちょうど正面、この部屋の奥には窓がついていた。おとなの腰ほどの高さまで真っ青なカーテンが垂れて、その下の壁は丸見えだ。
「ベッドなんてないじゃん……あっ」
深樹は自分のおしりを確認すると、兄に迫った。
「ベッドって、今ぼくたちが坐ってるやつ!?」
はるくんは、むつかしそうな顔をしていた。
満面の笑みでどら焼をパクついていた、その真っ最中の事件だった。あの大きな音が家中にひびきわたったとき、兄はベッドもろとも、部屋のむかいに弾き飛ばされたのだ。意味がわからない。意味はわからないけど、はるくんの薄い体はとにかく宙に舞った。フラッシュを焚いたように、あたりは真っ白だった。重たいベッドも軽いどら焼も、すべてのものが宙に浮いた。
爆発音をきいて深樹がかけつけると、部屋はすでにめちゃくちゃになっていた。
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