はじまり

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「そ、そうか」  普通に返す。普通に返せただろうか。違和感はなかったか。  そっと山下の顔を伺うと、何も知らない山下は呑気にプリントの枚数を数えていた。  一枚、二枚……数える度にぴょこぴょこと前髪が踊る。  実は委員長と副委員長候補が選ばれたのはくじ引きであったのだが、具体的な役割をどちらが担うかを選んだのは当人……つまり僕と山下だった。皆はどうせ山下がやるはずだ、なんて思っていただろう。山下が委員長のサラブレッドとかそんな事は決してないが、少なくとも僕という存在が委員長という称号とは不釣り合いだったために導きだされた思考だ。  だが、山下は委員長という立場に就任する事を固辞した。断固拒否した。何故なら実は恥ずかしがり屋の乙女とかそんなオチは欠片も存在せず、なんと僕が強く委員長に立候補したのだ! なんて事も天変地異が起きてもあり得ない。  山下はただ自分が『おさげじゃないし、眼鏡もかけていない』という理由で委員長になる事を断ったのだ。  誰しも特殊な価値観というものは持っているはずで、むしろ持つべきで、それはある種尊敬するべきものだと僕は思っている。だが山下のそれは尊びこそはすれ、敬う事は出来なかった。つまり僕の価値観とか思考とかそんな何かが引き裂かれた。半分に。尊、敬。  そして僕は価値観が揺らがされ、存在が揺さぶられ、気が付いたら委員長になっていた。  そう、委員長だ。クラスのまとめ役。リーダー。呼び名は何でもいい。だがそれらの呼称と僕を天秤にかけ、果たして釣り合うかというとそんな事はまったくない。  僕ははっきり言って異端児だ。人を見下している。俗に言う中二病というやつなのかも知れない。だがそれが何であろうと僕がごく一般的な高校生ではないのも確かだ。普通の高校生に推理小説家は? と聞けば東野圭吾とかそこら辺を答えるだろう。だが僕は間違いなく夢野久作と答える。  そんな僕が委員長など出来るわけがない。いや、違うな。出来るよ僕は。委員長でも優等生でも、やらないだけで出来る。それは僕だけじゃない。大抵の人がそうだ。物事によるが、たかだか高校の委員長くらい出来ない人間の方が少ない。  だから正確に言おう。僕は委員長なんてやりたくなかった。  嫌だから。それ以上に明白な理由があるのだろうか。
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