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「東雲くん。手、止まってるわよ」
何も知らない山下が、僕を咎めるようにむっと口を突き出した。
見れば山下の目の前にあったプリントは全て片付けられていた。どうやらこの作業は僕の仕事が終われば終了となるらしい。一応副委員長である彼女は僕と一緒にこの提案書を生徒会に届けなくてはいけないため、終わったからといって帰る事は出来ない。
「悪い悪い。すぐ終わらせるよ」
僕は目の前の紙っ切れを手に取った。そこには『携帯の持ち込みを許可して欲しい』と書いてあった。我が校は校則で携帯の持ち込みを禁止しているのだ。
「なあ、山下。お前って携帯は持っていないのか?」
「あんまり使わないけど、一応持っているわ」
「……メアド交換しない?」
「そうは言っても使い方も分からなければ、自分のメールアドレス? すら覚えてないのよ、私は」
今時の女子高生としてはあり得ない回答。だが折角勇気を出したのだ。こんな所で引くわけにはいかない。
「ちょっと携帯貸してみ」
「嫌よ。というより、持っているわけないじゃない。校則違反よ」
「……そ、そうか」
おさげをしていなくても眼鏡をかけていなくても、彼女は僕より委員長であった。
「それより早くして。私、今日はすぐにでも帰りたい気分なの」
僕は分かったよと返事をして、携帯持ち込み許可の提案を、提案書の一番上に置いた。
……いろいろと言ったが結論、僕は山下が好きなのだ。
「ねえ委員長聞いた!?」
背後からばしんと背を叩かれ、僕は僅かに咽せた。
「っけほ、んだよジャスティスマン」
「失礼な! 私はウーマンだ!」
「突っ込むとこそこかよ」
突然辻斬りの如く襲いかかって来た彼女は二宮志弦。正義をこよなく愛す、今時絶滅危惧種とも言える存在だ。小学生の頃、万引きをしたクラスメイトを警察に引き渡し、その同級生を転校せざるを得ない状況に追いやったという逸話は今でも忘れない。まあ他にもいろいろとあるが、彼女とは中学が別であったため、僕が実際に目にした事件はそれぐらいだ。……まあそれくらいとは言っても相当なものではあるが。
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