はじまり

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 しかしよりにもよって山下か。まあ確かに綺麗系の顔立ちではある。別に僕は顔面の造形、絵の良し悪しで恋をするタイプの人間ではないが、それでもまあそんな事は関係なく山下は美人だ。どことなく抜けている感じではあるけど、そこが隙に見えるのだろう。キリリと真面目な表情でも浮かべておけばおいそれと近付くやつはいなくなるのだろうが……そこも山下の良い所であるのだから手に負えない。  現に話題の中心たる山下は教室の端の席で呑気に空を眺めている。暇なのか。いや、暇なのだろう。僕みたいな……というか大多数の人間は校則なんて知らねえとばかりに携帯をいじっている。教師も分かって黙認をしている。要するに見せなければ存在しないものなのだ、携帯は。だけどうちの副委員長様は校則違反となるのでもちろん持って来ていない。多分、いやきっと。じゃないと僕がメアド交換を断られたという事実、その意味が異なってくる。 「うーむ、山下か……」 「どうしたの? 苦虫を噛み潰したかのような顔をして」 「そうか? 二宮を噛み潰したかのような表情を浮かべたつもりなんだが」 「誰が虫よ!」 「ぐはっ!?」  見事な正拳突きが鳩尾に突き刺さる。これをツッコミとかけた高度なギャグと捉えるかただの物理攻撃と捉えるかで人間としての器が計れそうだ。ちなみに僕はツンデレ的求愛行動だと捉えた。嘘だけど。  まあ、話を逸らすという僕の目論みは見事達成されたので良しとする。 「ああ、そういえば二宮」 「……私の正拳突きをくらってけろりとした表情を浮かべる人、多分しのしのくらいしか知らないよ」  それは心外だ。その言いようだとまるで僕がダメージを負っていないかのような物言いに聞こえる。痛いさ。すっごい痛い。でも僕は痛ければ痛いほど表情からそれが消えるのだ。癖と言ってもいい。自分の身を守るための。  ちなみに大して痛くない時の方が喚く。そして殴られるのがデフォ。 「まあそれはいいとして二宮。結果はどうなったんだ?」 「……どうでもいいんだ」  そこまでは言っていない。 「なんかね、保留中だって。だからまだ何も事件は起こっていないけど、周りからの圧力が……ね」  シリアスっぽく言っているのは構わないけど、多分それ本人は気付いていないと思う。あいつって何と言うか、朴念仁だから。
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