はじまり

9/16
前へ
/16ページ
次へ
「心配?」 「まあね。何せ僕は……」 「僕は?」 「……やつの相棒だからな」  そこで片思いの相手だからとか堂々と宣言出来たら格好いいのだろうけど、僕にそこまでの勇気は無かった。もしかすると存在していたのかも知れないが、振り絞った勇気は山下に各個撃破されてしまったため、本当に搾りかすしか残っていない。 「ふぅん……まあいいや。私ちょっと野暮用があるから……じゃあね」  二宮が目を細める。その表情はどこかで見たような気がするが……取り敢えず別れの言葉を告げる。 「ああ、ぐっばい」  ぐっばい、と同じように手を振り、二宮は去って行った。女子なのに野暮用って言葉が似合うのも凄い事だよな。 「……あ」  そんなどうでもいい事を毎度の事ながら考えていると、不意にあの表情をどこで見たのかを思い出した。思い出してしまった。  二宮は試合……しかも全国大会の決勝戦で、あの表情を浮かべていた。目を細め、敵の一挙一動を見逃すまいと……。 「って、別に僕は敵じゃないし気のせいか」  何故か鳥肌の立った腕を撫でながら、そんな事を呟くのだった。 「なあ、山下。お前って髪伸ばさないの?」  カリカリとシャーペンの芯が紙を引っ掻く。 「何よ薮からスティックに」 「それがいきなりという用法であるのなら、それは僕の台詞だ!」  時間で言うならば既に夜。だが真夏の今、六時という時間は十分に明るい。  僕たちは誰もいない教室で黙々と再提出の提案書を直していた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加