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斉藤花の着ている服に見覚えがある。
忘れもしない。
きっと、あの別れの後の出来事だ。
と、そう思った瞬間、同級生の一人が、持っていた紙をビリビリと二つに裂いた。
あれは、僕が渡した電話番号のメモだ。
『やめてぇ! やめてぇ!』
『うっせぇぞクソ虫!』
花ちゃんが蹴られ、転ぶ。
『なんでも、なんでもするから、返してよぉ!』
『うるさいなー、私らさ、ストレスたまってんのよ。スカッとすんだよね、あんたにこういう事するとさ』
再び蹴られる。髪をつかまれ、顔を殴られる花ちゃん。
僕は何もすることが出来ない。
同級生達に強く押され、再び転び、それから起き上がった。
『お願い、やめて、ね?』
そう言った斉藤花の表情は、確かな笑顔だった。
眩しいと思っていた、あの笑顔だった。
優しい彼女の、世界を呪っていた自分とは違う、何に対しても敵意のかけらも感じさせない、美しい笑顔だった。
だが、それはすぐに否定された。
『気持ち悪い』
花は再び蹴られた。
『気持ち悪いんだよ! クソ虫!』
それでも、彼女は再び笑った。
だが、今度は上手く笑えてなかった。
顔は怯えで歪み、目には悲しみが溢れていた。
花ちゃんはその顔で言った。
『ごめ、んなさい、止めて、ください、あ、あ、あの、あの、スト、スト、ストレ、ス、ストレス溜まってるなら、私、お話しするよ? 悩みとか、あったら、なんで、なんでもも聞くし、そ、相談に、相談に乗るから』
それは、恐怖にすくんだ彼女の、上手く話すことの出来ない彼女の精一杯の言葉だった。
普段から、根っからの悪などいないと信じ切っていた彼女が、常日頃から思っていた言葉だった。
しかし、彼女を取り囲んだ悪意はそれを嘲りで返した。
爆笑だった。
『キモいんだよ、クソ虫! ちゃんと喋れ!』
2枚に分かれていただけの、電話番号の紙が、今度は何度もビリビリに裂かれ、数え切れないほどの紙片となり散らばった。
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