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細い路地。
塀の脇には馬も見える。
時々ブルッと、長い顔を揺らす馬。
そんな仕草に魚籠つきながら、八重子は一歩一歩金昌寺に近付いていた。
妻は三歩下がって、夫の後を行く。
そんな常識の中、孝一は敢えて後ろを歩いていた。
それは、あのことを確かめたかったからだった。
門を曲がると、大きなわらじが見えた。
八重子は幼い頃の記憶の中から、仁王様を思い出して足取りが重くなっていた。
もう、孝一の背中にしがみ付ける程子供でもない。
それでもわざと下を向き、孝一が助けてくれのを待った。
そう、これが孝一が確かめたかったことだった。
孝一は八重子の恐がりを試してみたかったのだ。
山門の前でたたずむ八重子。上目使いで垣間見ると、仁王様はまだそこにいた。
思わず後退りする八重子を見て、孝一は笑った。
心の中では、してやったりと思っていたのだった。
半べそをかきそうな八重子を自分の前に押し出し、孝一はそっと目隠しをして参道へと誘った。
八重子は、指の隙間からほんの少し見える仁王様を睨みながら孝一に従った。
――一緒になれて良かった――
八重子の心に孝一の優しさが染みていた。
境内では桜が満開だった。特に本堂近くにある古木が見事だった。
孝一はまず、先祖の墓に八重子を連れていった。
出兵と結婚の報告をすることで、八重子と家族を守ってもらおうとしたのだった。
それは紛れもない一つの愛の形でもあった。
孝一は明日、日本が勝利することを信じて戦地に赴く。
愛する妻を、愛する祖国を異国の敵から守り抜くために。
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