出兵前夜

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 「もっとこっちにおいで」 もじもじしている八重子を孝一が呼ぶ。 「でも……」 声が上ずる。鼓動が激しくなる。 八重子は突然訪れた結婚に戸惑っていたのだった。 婚姻なんてまだまだだ先だと思っていた。 それがまさかの出兵で叶うなんて、夢にも考えてもいなかったのだ。  ドキドキしていた。 襖の隙間からかいま見える布団は一つだけだったからだ。 それでも八重子は逃げもしないで、孝一の次の言葉を待っていた。 孝一に抱いてもらいたい。 八重子はそう願いながらも、はしたないと思い赤面していた。 「いいからおいで」 孝一は少し震えている八重子の手をそっとつかみ、夜具の中に入った。 「この布団は今日からおまえの物だ。これには俺の匂いが染み込んでいる。だからここで寝てほしい。俺のことを思って。俺が帰って来ることを信じて。俺はおまえを思う心を、この布団の中に置いていく。おまえの心を、おまえの身体を、いつも包んでいたいから。俺はおまえが好きだから」 孝一は八重子の首筋に接吻をする。 八重子は目を閉じた。 身体を硬直させながら孝一がやって来るのを待つ。 それがどんなものなのか、八重子はまだ知らずにいた。  夜が白々と開けてくる。 ヒバリはもう高らかに歌っている。 でも孝一と八重子はまだ抱き合ったままだった。 離れがたかった。明日には、辛い別れが待っていた。 残された僅かな時間を抱き合い、ただ互いを見つめ合っていたかった。 二人は弾けていた。 愛しい感情が堰を切ったようにドンドン溢れ出してくる。 一度合わせた体が、もう一度を要求する。 家族のいないことが二人を上気させていた。
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