28人が本棚に入れています
本棚に追加
山門の大きなわらじに向かって八重子が駆けていく。
孝一は小さな八重子が心配でしょうがなかった。
だから慌ててその後を追ったのだった。
「ギャー!」
八重子が火の着いたように泣き叫ぶ。
大きなわらじの陰から、仁王様が八重子を睨みつけていた。
「恐いよー」
八重子は孝一にしがみ付いていた。
「大丈夫だよ。恐くなんかないよ。ホラ、お兄ちゃんがおぶって行ってやる」
そう言って孝一は背中を向けた。八重子はためらいもなく、それに従った。
「目をつむって」
孝一は自分自身にも言い聞かせた。実は孝一も仁王様がにがてだったのだ。
それを八重子に悟られないように必死だったのだ。
孝一は可愛いらしい八重子を一目見た時から大好きになっていたのだ。
だから弱いところを見せられなかったのだ。
八重子も優しい孝一が大好きになった。
母親同士が運命的な出会いをした様に、子供達もまた同じような体験をしていたのだった。
当時八歳だった八重子。
今でも思い出す度に顔を赤らめる。
八重子は長女だった。
一度甘茶が飲んでみたくて兄弟を差し置いて出て来ていたのだ。
だから、絶対に誰にも話せない思い出だったのだ。
甘茶は御釈迦様の誕生日の花祭りの行事だった。
でも秩父地方は一ヶ月送れだった。
境内は桜に代わりシャガの花が身頃だった。
でも二人はそんなには目もくれないで、一直線に甘茶に走って行ったのだった。
そんな二人を節とナツは微笑ましく見ていた。
孝一と八重子は、節とナツに見守られながら淡い恋を育てていったのだった。
最初のコメントを投稿しよう!