序章

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どれだけ親しい仲でも、何も言わずにいても理解し合えることはない。 テレパシーでも使えない限り、思っていることを伝えることはできない。 以心伝心、なんていう言葉はただの理想で、人間が他人の心を理解することはない。 もしも思っていることを伝えたいのであれば、やはり言葉にしなければならないのだ。 だけど人間は理想を信じてしまう生き物で、相手が親しければ親しいほどに、言わずとも伝わると勘違いしてしまう。 だから時にすれ違いというものが起きてしまう。 言葉にすればそれもすぐに元通りになるのだけれど、言葉にしないままでいるとさらにすれ違いが起きてしまう。最悪の場合、関係が修復できないほどにまで溝ができてしまう。 それでもまだ優しい方だ。 なぜならまだ生きているのだから。 生きていればまだ想いを言葉にし、伝える機会は残されている。 完全には修復できないかもしれない、元の仲のいい関係に戻れないかもしれない。けれど、きっと言葉にしないよりはずっといいはずだ。 だけど。 もしもどちらかがいなくなってしまったら、もう言葉にして伝えることはできなくなってしまう。 残された方はきっと複雑な想いを抱え続け。後悔したり、恨んだり、憎んだり、自分を責めたり。でもどうすることもできなくて、ただ何だかわからないもやもやとした気持ちだけが残ってしまう。 そんな気持ちを抱えたままの人生はきっと切ない。 暗い。 重い。 痛い。 そして伝えたかった想いは行き着く場所もなく、漂い続け、やがて消えていく。想いを抱えていた主とともに、届かない場所へと行ってしまう。 それこそ切なく、やるせない。 だから願ってしまう。 どうかその想いが相手に届きますように、と。 そんなありえないことを、強く願ってしまう。 人間は理想を信じてしまう生き物だから。
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