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「ごめんね」
そう言って、小さな声で通話を始めた春浦先輩。
「美咲!?」
しかし、その声が突然大きくなる。驚いたような、慌てたような。そんな声だった。
いや、実際慌てているようで、荷物を片付けようとして失敗している。
「はるう……妹さん、どうかしたんですか?」
切羽詰まったような顔をした先輩に、問題が発生したことを認識した。彼女が発した言葉から察するに、春浦美咲の身に何かあったのだろう。
「わからない。でもドサッて音がして、それから返事がないの!」
「それって……。荷物は僕が持っていきます! 先輩は早く行ってあげてください!」
「で、でも、お金」
「財布、鞄の中ですよね? 僕が触っても?」
「大丈夫だけど、でも」
「いいから」
「……ありがとう」
そう口にして、春浦先輩は走り出した。
彼女の荷物をまとめると、僕は会計へ急いで向かった。
☆
店を出ると、遠くのほうに春浦先輩の背中を見つけることができた。
僕は走って、その後姿を追いかける。
それほど足が速いわけではないから、すぐに追いつくことはできない。けれど、何度も見失いそうになりながらも、何とかついていくことができた。
やがて、一軒の家へたどり着いた。
春浦先輩はすでに家の中へ入っている。慌てたようにドアを開けているのを確認している。
そこで僕は迷った。
春浦美咲は同級生で、同じ文芸部の部員だ。仲も良い方だ。
だけど、この時代にいるのは僕を知らない彼女。そして、僕の知らない彼女だ。
だとしても、僕は彼女が心配だった。様子を見たい。そう思ってしまうのだ。
今すぐあのドアを開けて、家に入りたい。そう慌てる自分がいる反面、物凄く冷静に考えている自分もいた。
ここは他人の家で、勝手に入ることはいけないことだ。そんな当たり前の常識が、僕を動けなくさせていた。
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