第二章

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「ごめんね」 そう言って、小さな声で通話を始めた春浦先輩。 「美咲!?」 しかし、その声が突然大きくなる。驚いたような、慌てたような。そんな声だった。 いや、実際慌てているようで、荷物を片付けようとして失敗している。 「はるう……妹さん、どうかしたんですか?」 切羽詰まったような顔をした先輩に、問題が発生したことを認識した。彼女が発した言葉から察するに、春浦美咲の身に何かあったのだろう。 「わからない。でもドサッて音がして、それから返事がないの!」 「それって……。荷物は僕が持っていきます! 先輩は早く行ってあげてください!」 「で、でも、お金」 「財布、鞄の中ですよね? 僕が触っても?」 「大丈夫だけど、でも」 「いいから」 「……ありがとう」 そう口にして、春浦先輩は走り出した。 彼女の荷物をまとめると、僕は会計へ急いで向かった。 ☆ 店を出ると、遠くのほうに春浦先輩の背中を見つけることができた。 僕は走って、その後姿を追いかける。 それほど足が速いわけではないから、すぐに追いつくことはできない。けれど、何度も見失いそうになりながらも、何とかついていくことができた。 やがて、一軒の家へたどり着いた。 春浦先輩はすでに家の中へ入っている。慌てたようにドアを開けているのを確認している。 そこで僕は迷った。 春浦美咲は同級生で、同じ文芸部の部員だ。仲も良い方だ。 だけど、この時代にいるのは僕を知らない彼女。そして、僕の知らない彼女だ。 だとしても、僕は彼女が心配だった。様子を見たい。そう思ってしまうのだ。 今すぐあのドアを開けて、家に入りたい。そう慌てる自分がいる反面、物凄く冷静に考えている自分もいた。 ここは他人の家で、勝手に入ることはいけないことだ。そんな当たり前の常識が、僕を動けなくさせていた。
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