第二章

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「五年前の話なのだけれど」 「ふーん。というか、なんで知ってるんだ?」 「部活日誌というのがあるのよ。それに書いてあったわ」 なるほど。そんな物があったのか。 「あたしもね、その名前を見て思ったの。春浦さんのお姉さんなんじゃないかって。そうしたら、さっきみたいに否定されたわ」 リノリウムの床を踏みしめるスリッパの音。ゴム特有のきゅっきゅっという音は、人気のない空間に静かに響いている。 「本当はそれで終わるはずだった。でもね、気になってしまったの。だってその時の春浦さん、いつもとは違って見えたから。気が付かなかった? 今日もその話の時、違ったわ」 「そういえば」 一瞬だけ見せた、普段よりも無表情になった顔。あれは気のせいなんかじゃなかったのか。 「失礼なことだと思ったのだけれど、当時の顧問に話を聞いたりして調べてしまったの。偶々まだこの学校にいらしたから」 「いるのか? じゃあなんで今は顧問じゃないんだ?」 「知らないわよ。大人の事情じゃないの?」 それはともかく、と宮ノ郷は続ける。 「それでわかったのだけれど、確かに春浦澪さんは春浦さんのお姉さんだったわ」 「じゃあ、なんで春浦はいないなんて言ったんだ?」 「関係はないかもしれなのだけれど」 言いよどむように口を閉じ、足を止めてしまう宮ノ郷。それを見て僕も足を止めた。突然のことで、僕は少し彼女を通り越してしまう。 宮ノ郷を振り返ると、彼女は僕の瞳を見つめ、ゆっくりと口を開く。 「澪さんは亡くなっているのよ」 「……え」 「ちょうど、彼女が部長だった年。五年前のこの時期だったらしいわ。……自殺、だったそうよ」 言葉が、出なかった。 出せるわけがなかった。 だって、信じられなかったから。 あんな元気な笑顔を向けてくれたあの人が、よりにもよって自殺しただなんて、信じられるわけがない。信じたく、ない。 「……じょ」 やっと出せた声は、自分でも弱々しいと思えるもので。 「冗談にしては、度が過ぎてるぞ」 情けないことに、そんな冗談を言うはずがない宮ノ郷を、きつく睨んでしまった。 「こんな冗談、言えるわけがないじゃない。あたしがそんな非常識な人間だち思っていたの?」 怒ったように、宮ノ郷は言った。
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