或る一室

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或る一室

「わたし、海が見える部屋に住みたいわ。」 ーーうん。 「海辺の街で育ったの。」 「ねえ、手を握って。」 彼女が、震える手を僕のほうに伸ばした、ただひたすらに真っ白な部屋。壊れないように、そっと握った。 「ねえ、海なら、見えるかしら?」 彼女の瞼にそっと、指を触れる。色素の薄く、長い睫毛、真っ黒な瞳、は僕を見ていない。 ーー誰かが言ってたよ。人生は病院のようなものだって。何処に行っても僕ら囚われているんだよ。だから…… 彼女は首を振って、震える声で応えた。 「わかっているわ。もう、此処から出られないことなんて。」 「わたし、もう一度海が見たい。それだけ、それだけなの。」
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