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「これは…」
現場にたどり着いた途端に血の臭いがした。
篁真人(たかむらまこと)は、その臭いに顔をしかめる。
むせかえるような暑さが、その臭いを相乗的に助長しているようだ。
「篁(たかむら)、こっちだ」
中年の刑事に呼ばれて、遺体のある場所に目を移す。
「平さん…」
八神平次、父の後輩だった刑事だ。
警視庁捜査一課…その大組織の中で、唯一真人の事を気にしてくれる人物、それが平次だった。
真人の父も警視庁の刑事だった。父に憧れ、この道を選んだと言ってもいい。
「これ…酷いですね」
遺体を見て真人は平次に呟く。その遺体は女性であった。
ただ、首から上がなかった。
遺体に近づくと、血の臭いがますます強く真人の鼻孔を刺激する。
この臭いにも慣れたものである。二、三年前では確実に胃の中の物を全て吐き出していただろう。
血の臭いに慣れた自分に軽い自嘲を覚えながら、真人は平次の隣に屈み込んだ。
「この首の断面、何かに食われたような跡だ…と、鑑識がいってたな」
平次が首の断面を眺めながら真人に説明する。
真人は遺体の首を見た。確かに何かに食いちぎられた跡に見える。しかし、この都会のど真ん中で、人の頭を食いちぎる様な猛獣が出るとはどう考えても有り得ない。
「食われたって…平さん」
真人は自分が高揚してる事に気づきはじめた。これは、まさに自分が待ち望んだ事件じゃないのか。
「知るか。でもな、俺が見てもそう思うわな。」
平次は遺体に手を合わせ、少し黙祷してから立ち上がった。そして、遺体から離れて近くのベンチに腰を下ろす。
真人も同じようにして平次の後を追った。
そこで、高揚した自分に気づき、恥じた。人が死んでいるのである。
不謹慎だ。真人は自分に戒めた。
「…こりゃあ、とんでもない事件(ヤマ)に当たっちまったな。」
平次が愚痴るように呟く。
真人は平次の隣に腰を下ろしながら、何故自分の気持ちが高揚したのかを呟く。
「似てる…」
真人がポツリと呟いた言葉に平次が反応する。
「また親父さんの事件か」
平次はウンザリしたような声を上げながら、ベンチによりかかり空を見上げた。
「お前は何かにつけて、親父さんの事件に絡ませようとするな」
今度は呆れたような声で真人に注意するように言った。
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