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「吉野さん、昨夜なんですが不信な人影や物音、なにか何時もと違う事はありませんでしたか?」
真人は手帳とペンを取り出すと吉野に質問した。
吉野は申し訳なさそうな顔で答える。
「平次さんにもはなしたのですが…特に変わった事は…。」
「どんな些細な事でもいいんです。」
真人は食い下がる。多分、何かを見た、聞いたとすれば吉野ら此処の住人しかいないであろう。この聞き込みが空振りに終われば、捜査の進行具合が大幅に遅れる。
「そう言われましても…。」
吉野は思い出そうとしてるのか、中空を睨みながら考えている。
「………鬼…」
吉野の後方から呟くような声が聞こえた。真人は声の主を確認する。それはとても綺麗とは言い難い格好をした老人であった。それに視線の焦点が定まっていない。
「忠さん、何か見たんですか?」
吉野は振り返り忠さんと呼ばれた老人を見た。
「ありゃあ、鬼だ。鬼が、鬼…鬼。」
老人は誰に向かって言ってるでもなく、中空に向かい口をパクパクさせながら呟いている。
「すいません。彼は忠さんと呼ばれている方なんですが、何分高齢なもので…。」
吉野はまた申し訳なさそうに、真人や平次に向かい頭を下げた。老人は相変わらず『鬼』と呟いている。この『鬼』が真人には気になった。
普通に考えれば老人の戯言である。しかし、真人がずっと追い続けている事件、父の事件にも『鬼』という単語が調書に見られたからだ。
「忠さん…でしたね。『鬼』と言っていましたが何か見たんですか?」
真人は老人に向かって質問してみた。流石に平次も呆れたのか、相棒の刑事と一緒に違う人物から話を聞こうとしていた。
老人は真人に視線も合わさずに、同じ事を繰り返し呟くだけである。しかし、真人は老人の呟きに集中し、耳を傾けていた。
「鬼…鬼、鬼が出た。人喰い鬼…鬼、頭から…」
多分一時間程過ぎた頃であろう。老人の呟きに変化が出てきた。勿論ただの呟き程度。老人の様子も変わらない。しかし、『人喰い』、『頭から』の二つの言葉は今回の事件に関わるかもしれない言葉である。
「人喰い鬼が…頭から…どうしたんですか?」
真人は老人に問いかける。返事は当然の如く返ってはこない。
平次と相棒はとっくに引き上げ、この場には真人だけが残っていた。真人が老人から何とか情報を聞き出そうとしていると、公園の入り口から人影が近づいてきた。
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