視界の外

5/9
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
 次にそれに遭遇したのは、前の出来事から二ヶ月後のことです。  この頃には前の出来事などすっかり忘れていて、シンタくんの成績アップにささやかな達成感を感じる日々でした。シンタくんのご両親とも随分と親しくなり、頻繁に夕食をご一緒させて頂いたりして、その日も遠慮無くご好意に甘えていました。  相変わらず美味しい料理に舌鼓を打ち、授業の進み具合を交えながら話していると、後頭部から右肩辺りに、なにか人に見られているようなチリチリとした気配を感じました。しかし、今この家にいるのは自分とシンタくん家族を含めて4人だけ。その全員が同席していたので、背後に誰もいるはずがありません。大皿のサラダを取り分けるのを装い、背後を確認しますがやはり誰もいない。それでも席について見ると、また先ほどのチリチリとした気配を感じるのです。何かがおかしい。流石の私もそう感じ始めていました。まるで誰かに睨まれているようなその感覚は、誰も居ないはずの斜め後ろから私に向けられています。緊張からか、次第に会話の内容は頭に入らなくなり、料理の味もだんだん解らなくなってきます。背中を嫌な汗が伝うのに、体は雪の中にいるように縮み上がっています。「なにか」の気配が、じわり、じわりと、一歩ずつ踏みしめるように近づくのを感じます。いっそ振り向いてしまいたいと思いましたが、なぜか体がピクリとも動きません。呼吸が上手くできなくなってきて、心臓は狂ったように脈打ち、背後からの「なにか」が呼吸音すら聞こえて来るほど近づいています。目の前にいる奥さんに何とかして伝えようと思いましたが、喉は動かず口は自分のものではないかのように動きません。とうとう椅子に座っている私の背後に立った「それ」は、右肩斜め後ろ辺りに顔を近づけてきました。生暖かい息が耳を伝い、得体のしれない虫に這われているような寒気がします。目を閉じたくてもまぶたが動きません。そして、目尻の端辺りにうっすらと人の頭のような物が映りました。輪郭しか見えない、視界のギリギリでうごめくそれの、口が僅かに動きます。それは音もなく、短い間何かを訴えるように口を動かして、暫くするとゆっくり、視界の端から消えていなくなりました。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!