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私の呼び掛けに、咳払いをしては口を開く。
「…変な冗談はよせ」
そう呟き、持っていた書類を作業台へ置いた。
え?…違う!
「あの、私、冗談なんかじゃ…」
目を見て伝えようとしたが、オーナーは視線を合わせようとはしない。
腰に手を回し、エプロンを外していた。
「さっきも言ったが、品物を取り寄せてる。今日はもう上がって構わない。おつかれ」
そう言って足を運び、すれ違う。
やだ。…やだ!待って!
私はそのすれ違い様、とっさに腕をギュッと掴んでいた。
そして目を大きくして振り返るオーナーを、しっかり見つめた。
「冗談なんかじゃありません」
手にも、言葉にも、力が入る。
「私、本当にオーナーが好きなんです!」
そう言った後、しばらく静かな空気が流れた。
だけどやけに胸の音がうるさくて、その音が伝わってるんじゃないかと思えてしまって、早く何か言ってほしいと訴えていた。
しばらくして、再びオーナーは視線を外す。
その仕草に、すぐに痛みを覚えた。
「…俺は、部屋に戻ってる」
そう言うと、掴んでいた私の手をそっと離し、振り返ることなく厨房から出ていったのだった。
ドアの閉まる音が、虚しく響く。
私はその場に立ち、閉められたドアを見つめていた。
少しして、目の異変に気がつく。
慌てて手の甲で拭った。
「…な、なんで?……もう、やだ……」
何度拭ってもこぼれ落ちてくるその意味がわからず、顔を両手で覆った。
最初に言った好きは、あんなに気持ちよくて、暖かくて、晴れやかだったのに。
2回目に言った好きは、胸が苦しくて、痛くて、せつなかった。
今もまだ、その後味が胸に残っている。
私、変なこと言っちゃったのかな?
好きなんだって気づけたから伝えたんだけど、いけなかったのかな?
オーナーに視線を反らされてしまうのなら、言わなきゃよかった。
きまずくなるなんて、これっぽっちも考えてなかった。
じゃあ、どうなると思って伝えたの?
何か期待してた?
「…っ、…うっ……っ…」
涙が収まるまで、私は1人、厨房に立っていた。
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