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私は目線を上に、考える。
「それを晋兄が聞いたらかなり喜んだかも。でも調子に乗られると困るから、俺は黙っておくね」
そう言って笑うと、飲み物を手に取り歩き出す。
私は頷き、再び洗い物へ取りかかろうとした。
「あ、あれ!?恭兄。…いたの?」
…え?…恭兄って…!?
その言葉を耳にして、私は思いきり後ろへ振り返った。
そこには、キッチンの中へ入ってくるオーナーの姿が。
うそ!?
もしかして、聞かれてた!?
口を大きく開けていると、オーナーが入ってくるその後ろで、龍くんがごめんねのポーズをとっていた。
そんなぁ…、冗談やめて…。
開いたままの口をキュッと閉じ、オーナーの顔色を伺う。
オーナーはオーナーで、そんな私を見つめてきた。
こ、これは、先に謝ったほうがいいのでは!?
そう受け止めた私は、すぐに頭を下げた。
「すいません!」
「…ん?」
「な、生意気な感想なんか口にして…。あ、あの、私は本当にどっちのケーキも美味しくて…」
あたふたしながら説明していると、オーナーがため息ついてくる。
「お前な、俺がそんなことで怒るとでも思ったのか?」
「…え?」
「味覚なんて人様々、好みも違えば感性も違う。お前がどんな感想を持とうと、それは自由だろ」
そう言って、オーナーは椅子へ腰かけた。
そっかぁ。よかった。
怒られるとばかり思っていた私は、ホッと息をついた。
きっとオーナーみたいな人を、大人と言うのかも。
「まぁ、機嫌は損ねるが」
……前言撤回。
そして左手で頬杖つくと、さらに続けてきた。
「晋は俺よりも、小さい頃からシャンテイへの思いが強かった。高校卒業するとき、シャンテイで働きたいって何度迫られたことか」
「え?そうなんですか?」
「ここにいてもお前の腕は伸びない。そう言って追い払ったんだ。…というか、めんどくさくて、俺が教える気がなかった」
…オーナーって、子供みたいなときもあるんですね。
「他の店に弟子入りすればいいものを、何か勘違いして、『それじゃシャンテイで働けないだろ』って反発してくるし。
あいつなりに考えたんだろうな。卒業後すぐにいろんなバイト始めて、金貯めたかと思ったら、一年後、勝手に専門学校に入ってたんだ」
そして、困ったような顔をしながらも、オーナーが笑っていた。
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