第3話

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「本当は昨日、食事した後戻ってきたら、これをお前に渡して自分の気持ちを伝えようかと思ってたんだけどな」 え?…うそ。 それ、本当に? 「いろいろありすぎて、渡すのが遅れた」 そして次に、クスッと笑って私の顔を覗いてくる。 その笑顔を見た瞬間、瞳があっという間に潤っていった。 やだ、これ、うれしすぎるから! 私は持っていた箱をテーブルに置き、勢いよくオーナーにガシッと抱きついた。 「うれしい!ありがとうございます!こんな素敵な贈り物、初めてです」 胸の中へ顔を渦くめる。 「アハハ!そんなに喜んでもらえるとは思わなかったな」 オーナーの手が、私の頭を撫でてくるのがわかった。 私はさらにギュッとしがみついた。 「柚子を使うなんて…。私、どうしよう。もったいなくて食べられない。これ、永久に保存とかできませんか?」 涙を啜りながら訴えてみる。 すると、オーナーはさらに笑っていた。 「大丈夫。お前が欲しいときは、いつでも作ってやるから」 その言葉に、私はただただ涙だった。 初めて気持ちを伝えたあの日から、苦くて寂しい、沈んだ時間を過ごしていたはずなのに。 オーナーが少しでも私のことを考えてくれてたのかと知ることが出来ただけで、無駄な時間ではなかったんだと思えていた。 涙を拭い、オーナーへ顔を上げた。 そして、ニッコリ笑う。 オーナーもまた、優しく微笑んでいた。 顔が近づいてくるのにそんな時間はかからず、柔らかく唇同士が重なっていく。 目を閉じる間もなくそれは離れていったけど、私には十分すぎるくらいの愛情表現で。 さらにニッコリ笑ってしまったのだった。 オーナーが私の頭に手を乗せると、口を開いた。 「取り寄せたり作ったりしてて思ったんだが、やっぱり柚子のイメージは冬なんだよなぁ」 「あ、そうですね。言われてみれば冬かも」 「フルーツ自体は桃だからいいかと思ったんだが…。この時季に目当ての柚子を揃えるまでかなり時間食ったんだ。その辺でも悩んだりしたし、やっぱり難しいところだな…」 そっかぁ。まだまだ限定商品の模作は続いているんだね。 …でも。 「だったら柚子を使うのは、冬季限定にしたらどうですか?」 そう言うと、オーナーは目をパチクリさせていた。 そして頷いてくる。 「それもありだな」 その返事にうれしくなり、その後も笑顔の会話が絶えることはなかった。
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