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そこに立っている人を見て、私は体が固まった。
「こんばんは」
そう言って、優しくニッコリ微笑んでくる。
「たしか、…柚花ちゃん、だよね?」
エリさんを前に、私の胸がドクンッドクンッと大きな音を立てていた。
「…あ、はい」
足を運び、中へ入っては店の様子を観察していた。
目を大きくして、とても楽しげに、うれしそうな表情をするエリさん。
ショーケースの前へやって来ては、中を覗いた。
「すごい。全然残ってないんだね。ほとんど売り切れ?」
「は、はい。もうそろそろ閉店の時間なので…」
「…そっか。残念。『苺の王冠』食べたかったなぁ」
なぜか『苺の王冠』が無くてよかったと思う自分がいた。
そんな風に、思いたくて思ってるわけじゃないのに。
私が黙っていると、エリさんが続けてくる。
「この、まだ少し残ってるケーキ、1つだけ食べていきたいんだけど。大丈夫かな?」
私は一瞬ためらうも、お客様であることに変わりはないので、コクンと頷いた。
その返しにニコッとすると、エリさんは足を進めてテーブルへ。
椅子に腰かけ、さらに店内を見渡していた。
…やだな。
すごく、やだ。
そんなこと思ったってしょうがないのに、心は焦る一方で。
出来ることなら、オーナーに会わせたくない。
ショーケースからケーキを取り出していると、バイトくんが話しかけてくる。
「柚花ちゃんの知り合い?」
「あ、えっと…、そんなとこですかね」
苦笑い。
「へぇ、キレイな人だね」
その言葉に、さらに胸が疼いていた。
バイトくんから見ても、キレイだって思うんだね。
オーナーの元恋人だと教えたら、きっとビックリするんだろうな…。
私はなるべく平常心を保ち、ケーキをエリさんの元へ運んだ。
「お待たせしました」
そしてゆっくりテーブルの上へ。
「ありがとう」
顔を上げ、ニッコリ優しく微笑んできた。
私はすぐその場を立ち去ろうとすると、エリさんはさらに声かけてくる。
「あとの残ってるケーキ、私買って帰りたいの。頼んでいい?」
「あ、…はい」
「それから、恭一は?…まだ、忙しいかな?」
すかさず出てきたその名に、私はキュッと唇を噛み締めた。
恭一だなんて、呼ばないで。
「…もう閉店なので、片付けをしていると思います」
「そうなんだ。少し、話せる時間ないかな?…柚花ちゃん、聞いてこれる?」
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