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お盆を持つ手に、いつの間にか力が入っていた。
顔をしかめてしまいそうになり、慌てて息を吸い込む。
「…少し、お待ちください」
そしてその場からゆっくり離れ、一度ショーケースの方へ引っ込んだ。
胸の中には、苛立ちと不安と、焦りとやるせない感情が入り乱れていく。
私、オーナーに「エリさんが来てる」だなんて、言いに行けないよ。
…言いたくないし。
その場から動けなくなってしまった私は、バイトくんに頭を下げた。
「ごめんなさい。あの、さっきの女性の方なんですけど、オーナーに会って話がしたいみたいなんです。呼んできてもらうこと、できますか?」
「あ、そうなんだ。わかった。伝えてくるよ」
すぐに了承してくれたバイトくんは、厨房へ向かっていった。
その間、私はショーケースから残りのケーキを取りだし、箱詰めする。
目からは、涙が溢れそうだった。
オーナーはエリさんを見て、どんな顔をするんだろう。
また、私じゃなくて、エリさんばかりを見つめるのだろうか。
…そんなの、やだよ。
2人が話すところなんて、見たくない。
箱詰めを終えラッピングしていると、バイトくんが戻ってきた。
そして隣へやって来る。
「今来るよ」
そう言い終わったのと同時に、オーナーが店の中へとやって来た。
前髪をかき上げた後、店内を見渡す。
もちろん今いるお客様は、ただ1人で。
その姿を見てすぐに誰だか気づいたのか、一点を見つめていた。
かと思ったら、オーナーは急にこちらへ振り向いてきた。
私と、思いきり目が合った。
その意外な視線に、胸がドキッと反応する。
私は目を合わせていられずに、パッと視線を外した。
慌ててラッピングの続きへ。
気にしていないふりを装いながら、手を動かしていた。
すると、オーナーがゆっくり歩き出すのがわかった。
その後続けて、エリさんの明るい声が聞こえてくる。
「あ、おつかれさま。急に来ちゃってごめんね」
「いや…、構わないよ」
「今日仕事早く上がれたから、寄ってみたの」
「…仕事、してるのか?」
「うん。ここからそんな遠くないとこなんだ。だから帰り寄って行こうってずっと思ってたんだけどさ、開いてる時間になかなか間に合わなくて」
聞こえてくる会話を、気にせずにはいられない。
早く終わらせてほしくて、お持ち帰りの分が用意できたところで、2人へ静かに視線を運んだ。
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