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「でも、そんな自分だったことに気がつけたのは、シャンティで働くようになってからだよ。
前にも話したかもしれないけど、働く意味とか、大変さとか、社会とか常識とか…。シャンティでたくさんのこと教えてもらった。今までなんとも思っていなかった働くことの意味を、そこでの生活が私に教えてくれた。
少しの間だったけど、私が過ごしてきた中であんなに色濃い時間、他にない。
たがら、なおさら思ってる。私、シャンティで働きたい。助けてもらった分、全部恩返ししたい。
たとえ大河内から出て行っても、今までの暮らし全て捨て去っても、どんなにお父さんやお母さんに反対されて怒られても、それでも戻りたいって願ってる」
お父さんは、黙ったまま私を見つめていた。
聞いてくれている、そう感じたのは、初めてだった。
「私、これ以上昇さんとは一緒にやっていけません。愛することの意味も、シャンティで教えてもらったから。
出来ることならシャンティで、恭のそばにいたい。シャンティで働きながら、恭を支えられる人になりたい」
この想いは、願いは、私にとって絶対。
どんなに離されても、辛いことがあっても、今の今まで胸にあり続ける恭への愛は変わらない。
キュッと唇を噛み締めた。
しばらくすると、お父さんは振り返り私に背を向けた。
その背中を見つめ、最後の最後だと声を振り絞る。
「自分の夢を叶えたいと願うことは、いけないことですか?」
涙が静かに頬を伝うと、お父さんの背中が一度大きく上下した。
低い声が、そっと届いてきた。
「…もう、遅い。また後日、もう一度よく考えてから話し合う。その時は、…椿にも声をかけるように」
話の行方を見届けていた坂本にそう声をかけた。
私はそれを聞いて、目を大きくさせていた。
話し合うって、それって…!?
お父さんが部屋を出て行こうとするその背中へ、慌てて声をかけた。
「お父さん!」
「…本当に、困った子だ」
「あ…。…あの、…話し合う機会をくれて、…ありがとう」
そう伝えて涙を拭うと、お父さんは再び歩き出した。
その足は止まることなく、ここを後にしたのだった。
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