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「…あなたが、加瀬恭一様ですね?」
「……そうですが、…あなたは?」
「私は、大河内家に仕えます、柚花様の世話役でございます」
坂本の言葉を耳にして、今度はゆっくり目を開けていった。
まず見えたのは、晋くんと龍くんの表情。
2人とも、何を思っているのか。お互いに目を泳がせ、静かに坂本の話に耳を傾けているようだった。
その坂本は、真っ直ぐ私の後ろへ視線を注いでいた。
「…大河内…?」
微かに呟く恭の声が、私の元へ流れてくる。
今更後悔しても、もう、どうにもならない。
全てを話さなかった、自分が悪い。
ここで涙したって、何も変わらない。
そんな思いを胸に、私も静かに話を聞いているしかなかった。
「恭一様は、ここのオーナー様でございますね?…まず、柚花様を今日までお預かりして頂き、大河内家を代表しまして心よりお礼申し上げます。どのようなご縁があったかは存じませんが、何よりもお元気な柚花様の姿に、安心致しました」
そう言って、坂本は深々と頭を下げた。
「ですが、今まで大河内家では柚花様の行方を必死に捜索して参りました。そしてやっと本日、ここへたどり着いた状態であります。申し訳ありませんが、このお礼は後にさせて頂きますので。まずは柚花様をお屋敷へ」
そして坂本が私へ視線を運び、見つめてくる。
私は反射的に、強く坂本を見つめ返していた。
それでも頭の中は恭のことばかりで、はたしてどんな返しをするのだろうかと思いながら、私はゆっくり息をしていた。
でも、すぐに返される言葉はなくて、そのままお店の中は静かな空気が流れていった。
息が詰まりそうだった。
坂本へ向けていたはずの強い眼差しは、いつの間にか力を無くし、瞼が塞ぎがちになっていく。
とても長い沈黙に思えて仕方なかった。
そんな空気を変えたのは、晋くんの声だった。
「おい、勝手に柚を連れていくなよ!さっきから聞いてれば必死に捜索しただの、やっとたどり着いただの…。別にお前らのことなんか聞いてねぇっての!」
「おい、晋兄…」
「柚がここへ来たのは柚の意思だ。ここを出るときも、柚の意思がなきゃ俺は納得しないからな」
そう言って、晋くんは坂本を睨みつけていた。
龍くんは晋くんの体を押さえるも、顔つきは晋くんと変わらずで。
私はそんな2人に、何度も心の中で「ありがとう」と「ごめんなさい」を繰り返し呟いていた。
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