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8月に入ってすぐのこと。
幕張海浜公園で花火フェスタというものが開催され、私は初めて花火大会というものに足を運んだ。
会場は見るもの全てが新鮮で、こんなに賑やかな雰囲気を味わえるとは思わなかった。
初めて見た夜空に上がる花火はもちろん素晴らしくて、感動のあまり言葉を失ったほど。
その光景は、私の瞳にしっかりと焼き付けられた。
もちろん、隣にいた恭の横顔も。
またひとつ、忘れられない思い出が増えていく。
きっとそれは恭といる限り、永遠に続くものなんだろう。
そう感じながら、毎日を楽しくしあわせに過ごしていた。
そして夏も終わりに近づき、晋くんや龍くんも再び学校が始まると、また慌ただしい毎朝がやって来た。
と言っても、仕事の始まる時間は同じなわけで、回る時間も同じなんだけど。
私にとって、シャンティでの生活全てが当たり前に。
隣に恭がいて、晋くん龍くんがいて、友達がいて…。
その当たり前が、元気の源になっていた。
だいぶ秋の気配が漂ってくるころ。
私はいつものように仕事を終え、キッチンで夕食の準備をしていた。
今日はビーフシチューにしよう。
仕事の疲れも何のその。
楽しんで料理を進めていた。
鼻歌混じりでキッチン台に向き合っていると、ドアがガチャッと開く音がした。
振り返ると、やって来たのは晋くんだった。
「あ、おかえりなさい!」
ニッコリ笑顔でそう言って、再びキッチン台に向き直る。
が、晋くんからめずらしく返事がなかった。
…あれ?
不思議に思い、再び振り返ってみる。
そこには、全く動かずにドアのところで立ったまま、私を見つめ続ける晋くんがいた。
その表情は、とても真剣なもので。
私は目を大きくして見つめ返していた。
「…晋くん?」
何事かと首を傾げ、声をかけてみる。
すると、晋くんは私の声にハッとしたように、慌てて視線を反らしていった。
その仕草に、胸の中で違和感が溢れ出す。
…え?どうしたの?
何かあった?
私は一歩踏み出し、さらに声をかけた。
「…あの、…どうかした?」
晋くんは何度か瞬きした後、ゆっくり私へ顔を上げてくる。
なぜか緊張したようなその面持ちに、目が離せずにいた。
フゥと一息ついたのだろうか。肩が動いたときだった。
「……大河内…柚花…?」
静かに、ボソッと呟かれたかのような問いかけに、次に体を動かせなくなったのは、私だった。
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