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足元にスッと穴が開き、そこから奈落の底へ突き落とされたかのような感覚に陥っていく。
重力に逆らえずその場にしゃがみそうになっていると、それよりも先に持っていた菜箸が手からすり抜け、床に落ちていた。
その音で我に返り、慌てて菜箸を拾い上げる。
そして、床を見つめていた。目を見開いたまま。
「…柚」
晋くんの呼び声に、体がビクッと反応する。
そっと顔を上げると、晋くんの真っ直ぐな眼差しが注がれていた。
何から何を話して聞けばいいのか全く分からず、頭が働かない。
目を泳がせていると、晋くんが続けてきた。
「…やっぱり、そうなのか」
私は痛む胸を手で押さえ、唇を噛み締めた。
すると晋くんは、再びフゥと一息ついて、視線を下へ。
「柚のこと、探してた」
「…え?」
続くその言葉に、胸の中で大きくドキンッと音が響いた。
「駅で…探してた」
…うそ。
ま、待って。
「駅って、…どこの?」
震える声で、聞き返す。
「………すぐそこ」
晋くんはどこか躊躇ったのか、顔を下へ向けたまま小さく答えてきた。
それを聞いた私はすぐに息苦しくなり、思わず口元に手を運んでいた。
…すぐそこって…。
目の前が真っ暗になっていくようで、何度も何度も瞬きしていた。
「…ごめん。俺まだよく理解してねぇんだけど」
…理解していない?
え?…晋くんはいったい、どこまで知っているの?
私は一度落ち着かなければと、ゴクンと息を飲み込んだ。
そして気力を振り絞り、声を出す。
「…晋くんは駅で…、何を見たの?」
「…声、かけられた。人を探してるって写真見せられて、名前は大河内柚花って…」
「………そ、それで…、晋くんは…何て…?」
声がさらに震える。
「…知らないってだけ…。余計なことは、何も言ってない。たぶん、気づかれてはいないと思う」
その言葉に、私は目をギュッと閉じ両手で顔を覆った。
「…ごめんなさい。……っごめんなさい」
涙が溢れてしまいそうになるのを必死で堪える。
すると、晋くんが近づいてくるのがわかった。
私の手首を掴んでくる。
「なぁ、柚。俺にはよくわかんねぇけど、帰る家があるってことなんだろ?恭兄は知って…」
「恭には言わないで!」
それは、反射的だった。
覆っていた手を下げ、晋くんを見上げて訴えていた。
…あぁ、なんて自分勝手な私なんだろう。
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