第6話

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「ご報告させていただきます。昇様のそばに付いてから、一度もご両親の会社へ出勤している様子は伺えませんでした。よって、仕事には出られていないようです。 帰宅される家もその日その日で違いました。柚花様との新居へ戻られたのはここ1週間のうちに一度きりです。 その他の行動範囲や素性等も細かく調べさせて頂きましたが、あまり、柚花様の前で口にしたい内容ではございません」 「…まさか、そんな…。高遠家とは昔からの繋がりだ。昇くんの学歴や業績も素晴らしかったはず。文句のつけようがなかっただろう」 「全て、裏口のようです」 お父さんは坂本のその一言に固まり、驚きを隠せないようだった。 私はこの話に、頷いている自分がいた。 部屋が静かになると、その間を開けて、お母さんが呟く。 「相手をよく見て選ぶことも、もう少し時間をかけるべきだったのかもしれません。これ以上、柚花を追い詰める必要もないでしょう」 「…ならば、今まで守られてきたしきたりは、どうするというのだ!?」 口調を弱めることなく続けるお父さんに対して、お母さんはとても冷静だった。 「うちにはまだ椿がいます。これが救いか、あの子は柚花に対して負けん気ですから、話し合いをすればすぐに決まるかと…」 「お前はしきたりを、破れというのか!?」 その問いかけに、私はゴクンと息を飲み込んだ。 今までどんなことを聞いても、どんなに叫んでも、全く表情を変えることなかったお母さんが、なぜか困惑しているお父さんの次に、私を見つめてきた。 「…私も、同じでした」 「…え?」 一度ゆっくり瞬きしたかと思うと、さらに続けてくる。 「柚花と同じ。なぜ大河内屋を継がなければならないのか、ずっと複雑な胸のまま、宗助さんにお会いしたんです」 …え? うそ。 何それ。 初めて聞く話に、私は目を大きくした。 お父さんも同じように反応する。 「…まさか、お前…、無理して私と共に歩んできたと言うのか!?」 胸つまらせているように尋ねるお父さんに対して、お母さんは落ち着いたまま首を横へ振った。 「…いいえ。あなたは私の、初恋ですから」 そして照れたように、お母さんが笑った。
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