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「恭には…、ちゃんと、自分から話すから。だからお願い。今話したことは、誰にも言わないで」
「……柚…」
晋くんはどこか哀しそうに、心配そうな表情で私を見つめていた。
そしてそっと、口を開く。
「わかった。言わない。…でもな、時間の問題だと思う。駅で、結構な人数で聞いてたし、柚には顔見知りもいるだろ?ここにすぐ、たどり着くんじゃ…」
その話しに賛同するように、何度もウンウンと頷いた。
「晋くん、教えてくれてありがとう。…ごめんね。私……。…ごめんね」
それ以上、言葉にすることができなかった。晋くんを見つめることも。
そこからの私はまるで脱け殻のように、ただ料理をするため手を動かしていた。
今日まで、全く見つかる気配なんて感じなかったのに。
このまま、見つかることもないんだとさえ思っていたのに。
…なのに、…すぐそこで探してるだなんて…。
お鍋を見つめながら、涙が滲んでどうしようもなかった。
その日の夕食時、私はなるべく笑顔を繕っていた。
晋くんは時折静かになることもあったけど、その姿はいつもと変わらずで。
いや、いつもと変わらないようにしてくれてるんだよね、きっと。
本当に、心から頭を下げ、何度もごめんなさいと胸の中で繰り返していた。
そして食事中、私は恭を見ることができなかった。
見てしまったら、目が合ってしまったら、泣いてしまうかもしれないと感じていたから。
頭の中はグチャグチャで、どうしようの連続で…。
食事が終わっても、片付けをしていても、ひたすらそのことばかりを考えていた。
全てを終えて、自分の部屋へ戻り、お布団の上で呆然とする。
勝手に涙がこぼれ落ち、手で拭っていた。
…ここにこのままいれば、きっと見つかる。
もしかしたら今にもやって来るかもしれない。
だとしたら、逃げなきゃダメなんじゃない?
今すぐにでも、ここから出ていかなきゃ、ダメ…なんじゃない?
さらにこぼれ落ちる涙を拭い、歯を食い縛る。
…恭には?
恭には、伝えなきゃ、…いけないよね。
私、言えるかな。
恭の顔を見て、瞳見て、言えるのかな。
「…っ…、うっ……っ」
私は顔を手で覆い、流れるままに解放した。
どれくらいそうしていたかは、わからない。
ふと時計を見ると、すでに日付は変わって1時になるところだった。
…ダメ。…ダメだよ。
泣くことで時間を使っちゃいけない。
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