第6話

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今のうちに、動かなきゃ。 ちゃんと、恭に伝えて、…それから。 私はお布団から立ち上がり、そっと自分の部屋を出ていった。 足音を立てないよう、静かに一階へ向かう。 恭の部屋のドア前まで来たところで、大きく息を吸い込んだ。 そして吐き出しながら、一度顔を下げた。 …もしかしたら寝てるかもしれない。 ドアをノックして返事がなかったら…、そのまま何も言わずに出て行こうか。 シャンティから。 そんな思いを過らせては、また涙を込み上げた。 首を振り、前に流れてくる髪の毛を手で払う。 そして再び息をし直して、手を上げた。 真っ暗な空間に、コンコンと小さな音が響いた。 ノックしたその手を胸元へ運び、ギュッと握りしめ、複雑な胸の音を聞きながら返事を待った。 でも、何の返しもなく、ただ静かに空気が流れていく。 きっと、寝てるんだ。 …そうだよね。もう遅いし。 なら、このまま…。このまま…。 胸の中で呟いて、ドアにそっと寄り添った。 恭の胸に、寄り添うように。 一度ここで、涙を流してしまおうか。 そう思ったときだった。 ドアのノブが回り始め、ガチャッとゆっくり開いていく。 私は目を見開き、慌ててドアから一歩後ずさりした。 そこから顔を出したのは、もちろん恭で。 「…どうした?」 低く響くその声が、さらに私の涙を誘ってくるようだった。 部屋の中も電気は消えているようで、暗闇でよかったと思う自分がいた。 「ご、ごめんなさい。…起こしちゃった…かな?」 「…いや、まだ寝てないよ」 「そっか…、よかった…。ホントごめんね。こんな、遅くに…」 会話を続けながら、どうやって切り出したらいいのかと、必死に頭を働かせていた。 「…柚花?」 「あ、あのね。なんか…眠れなくて…」 そこまで言うと、恭は私の体に手を回し、グイッと部屋の中へ入れていった。 その手の力強さに、鼓動が加速してしまう。 恭はドアを閉めると、なぜか私を両手で包み、ギュッと抱き締めてきた。 居心地のいいその胸の中はとても暖かくて、話さなければいけないのに、私を躊躇わせてくる。 そのぬくもりをしっかり感じ取った後、自分自身に喝を入れ、私は静かに口を開いた。 「…恭、あのね」 そして、私を包む腕を下ろさせた。 「私、今、…話したいことがあるの」 そう言って、私を見つめてるであろうその瞳を見つめ返すように、恭を見上げた。 「…俺もだよ」
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