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私は次に、お母さんの方へ振り向いた。
さっきまでの笑顔はもうそこになかったけど、胸がいっぱいだった。
「お母さん…」
「…礼をするなら、恭一さんにしなさい」
「え?」
「ここへ何度足を運んでくれたことか。毎回坂本に門前払いされても、それでもあなたに会いに来てくれていたのですよ。その根気に負けたと言ってもいいくらいです。わがままで自分のことしか考えないような子には、とてももったいないお方です」
ピシャリと言われたその言葉に、私は体を縮こまらせた。
「恭一さん」
「はい」
「あなたがここで起こした波は、まだまだ返ってくるものだと思っていてくださいね。それだけしきたりは、大河内家では絶対でしたので…。これから先、柚花を渡せるかどうかも、私にはわかりません」
「はい。大丈夫です。何があっても諦めません」
その言葉に、真剣な眼差しに、私の胸がすぐにキュッと音を立てていた。
「今日はもう遅いです。客間が空いていますので、そちらで休んでいってくださいね。坂本、案内して差し上げなさい」
「はい」
私はすぐに恭を目で追いかけた。
恭は私と目が合うなり、優しくニコッと微笑み返してくれた。
もっと話したいことがある、そう思いながら身を向けていると、お母さんが続けてきた。
「柚花」
「は、はい」
慌てて振り向き、お母さんを見つめた。
「お父さんが決断する意味を、よく考えなさい。大河内家の未来を、あなたも考えなさい」
優しい口調に聞こえるも、とてもしっかりと胸に響いてくる。
「それから、すぐにここを出て行くことは許しません。二十歳を迎え成人として認められてからです。それまで大河内家で何が出来るのか、それもよく考えなさい」
「…はい」
私はお母さんの言葉をしっかりと胸に刻み込んだ。
そして真っ直ぐ見つめ、頭を下げる。
「ありがとう」
思いを伝えて頭を上げると、お母さんはお父さんの後を追うように、この部屋から出て行ったのだった。
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