E.4

2/2
前へ
/23ページ
次へ
普通のカップルにはなれないのだろうかと悩む私をよそに、彼は嬉々としてあるものを手渡してきた。 どこからどう見ても犬用の首輪と散歩紐だ。 「……お手?」 私が差し出した手のひらに重ねられた手のひらは、当然人間のもの。 私は犬を飼っていない。 ならばコレは、何に着けろと言うのか。期待の笑みを向けている彼は、犬になりたいとでも言うのだろうか。 「あなたに?」 彼は頷いた。 体格からしても大型犬か。 腕時計のベルトと同じような仕組みであるから、動物に首輪など着けたことのない私でも簡単にできる。 そもそも協力体制が万全に整っているところが犬や猫とは違う。 犬のような体勢で床に直接座り込んでいる彼の首輪に、散歩用の紐を取り付ければ。 大型犬は躾の行き届いた犬さながらに私の横にぴたりと着いて、私の顔を見上げる。 部屋の中ではあるが、散歩させてみることにした。 私は犬を飼ったことがない。当然散歩などしたこともないのだが、道ですれ違う犬連れの真似をして歩いてみる。彼は四つ足で追ってくるが、そもそも人間。どうしても私の方が早く進み、半ば引きずるような形になってしまう。 手綱にかかる重さが増したときに足を止めることはするが、立ち止まった犬を急かすように紐を引けば、彼はとても嬉しそうにしている。 首輪を外せば人間になる。 さすがに外出するときは外すものの、家にいる間はずっと嵌め続けると彼は宣言した。 これでも説得できた方だ。 仕事以外のオフの時間全てで嵌めっぱなしでいたい、こればかりは依頼されても曲げないと宣う彼を、懇々と諭してここまで譲歩させたのだ。
/23ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加