9人が本棚に入れています
本棚に追加
弥吉にしてみれば、どれ一つとして周りに知られる訳にはいかないのだ。
当然十八番の久貝流万能作法など、そんなものは初めから存在していないように装うしかない。
すると嵐山は、まるでそんな弥吉の胸中を見透かしたような表情を浮かべ、笑いを堪えつつ口を開いた。
「安心しぃや0点ダボ。
アレとこれとは関係あらへんさかいに」
「あ、当たり前だ…」
とりあえずそう言い返しはしたものの、弥吉は針の筵に正座させられている思いである。
当然それはすぐに焦りの表情となって弥吉の顔に表れ、それを見兼ねた弥吉の父久貝島作(くがい=とうさく)が口を開くのであった。
「何だね君は?
いきなり人の息子をダボ呼ばわりするとは、作法のかけらもないな」
内心所詮は若僧だなと嵐山を鼻で笑いながら島作。
その顔の端々に、海軍兵学校生徒とは言え、たかが若僧が何を偉そうにと、極めて下手くそな字で殴り書きしてあるようにすら見える。
すると嵐山は、それに怯むどころか喜々として言葉を続けるのであった。
「お言葉でっけど0点ダボのおとん。
人に名を尋ねる時は、まず自分から名乗るのが作法なんとちゃいまっか?」
最初のコメントを投稿しよう!