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「田中商事の資料にサイトについての提案を入れればよかったね」
「それについてはサイトリニューアルプランを持って来ています」
「流石だね。完璧」
彼は前を見つめながら、満足そうに微笑んだ。
“完璧なのは、あなたのその運転するスーツ姿だと思いますが”
笙さんの綺麗な横顔を見ながら久しぶりに間近に見る姿にこっそりとため息をつく。
そのままぼーっと見つめていた私は、信号待ちで停車してこちらを見た彼と目が合った。
「なにか言いたいことが出来たのかな?」
私の大好きな静かな低い声が耳に響いて、はっと我に返った。
「い、いえ、他に提案はありません」
慌てながらそう答えて、恥ずかしくて耳が熱くなる。
なぜかフフッと笑い出した笙さんが車をスタートさせて前へ向き直る。
“そんな笑わなくても…”
ふと沈黙があって、
「プライベートで、の話だけど?」
と笙さんは言った。
“あ、そのこと…”
「えっと…」
そこまで言って、私はどう話せばいいか迷っていた。
“いや…どこまで話せばいいのか…かな”
黙ったままの私の気持ちを察してか笙さんが口を開いた。
「上手く行ったんだね。君も彼も雰囲気が変わったよ」
そう言われて内心焦った。
伊知子だけでなく笙さんにも気づかせてしまうなんて。
「そんなに判りやすいですか?私たち」
「そうだね。でも僕は知ってるからね。他の人は気付いてないと思うよ」
「すみません」
「謝らないで。気にしなくていい」
そう言った横顔の笙さんの瞳は少し淋しげで、でも優しく微笑んでいた。
悩んだ割にはあっさりと報告出来たけど、それもまた彼の優しい気遣いのおかげだ。
この人は他人の気持ちを一体どこまで許すのだろう。
そして自分の淋しさをどこに閉じ込めてるんだろう。
いつもと変わらない態度の美しい横顔に訊いてみたいけれど、できない。
「さあ、もうすぐ着くよ。よろしくね」
車内に心地よい声が響いて、私は仕事モードに切り替えた。
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