第1章

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社用車の駐車場は会社のビルの地下にある。 もう定時を過ぎていたせいでほとんどが帰社していた。 車の中で今日の資料をまとめながら、降りる準備をしていると、ふいに笙さんが   「今日のお礼に食事でもと思ったけど、そうは行かないみたいだね」   「えっ?」 意味が解らず、荷物を抱えエレベーターの方へ振り返るとその入り口に人影が見えた。   「わざわざ荷物を運びに駐車場まで降りて待っててくれるなんて気が利きすぎだね、松阪君」   「どうも、さっき終わったものですから、お手伝いできればと」 しかし直樹は笙さんの横を通り過ぎ、私の手から資料のバッグを受け取った。 私は二人の雰囲気になんて言ったらいいのかわからず、黙ったままエレベーターに乗り込む。 3人の重い空気を破るように直樹が口を開いた。   「俺たちもうすぐ結婚しますので、課長も結婚式にはぜひ出席してくださいね」 その言葉に私は驚いて思わず声を上げた。   「な、何言ってんのよ。急に、そんな勝手に」 “プロポーズだってまだなのに、上司に報告とかありえないでしょ” と心の中で叫びながら、直樹を責めるように見た。  「俺はその予定だし、早い方がいいでしょ」 私のそんな気持ちに気づかないように、直樹はいたって平然と言ってのける。 それにカチンときた私は、 「勝手に話を進めないで!相談するでしょ、普通?」 と直樹に詰め寄る。 二人のそんなやり取りを見て、傍にいた笙さんがクスッと笑って言った。   「楽しみにしてるよ。美作さんの花嫁姿」 私は見つめられて、恥ずかしくて真っ赤になって俯いた。 「お疲れ様でした。お先に失礼します」 そう言ってエレベーターを降りると、直樹の手からバッグをもぎ取って企画へと急ぎ足で戻った。 それから小一時間、なぜ急にあんなことを直樹が言い出したのかわからず、イライラと残業をした。 直樹はちょっと鈍感で無神経な所がある。 しかも思い込みも激しくて、普段はのんびりしてるくせに決めたら突き進んでしまう。 いつもさりげなく周りを気遣って行動している笙さんとは大違いだ。 帰り支度をしながら、私はため息をついた。
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