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「なんとなく感じが違うとは思ったんだよね」
「嘘、私たちそんなにわかりやすい?」
仕事を終え、私たちは焼き鳥が美味しいという居酒屋に来ていた。
向かいに座った伊知子は思わせぶりにニヤついて、酎ハイのジョッキを一口飲んだ。
「松阪さんは変わんないですよ。さすができる営業マンはポーカーフェイスです」
彼女の隣にはカシスオレンジのグラスを空けた瑞希ちゃん。
おかわりを頼もうと今日も爪まで綺麗な白い手を店員にヒラヒラ振った。
「かかりちょーは何されます?」
「あ、じゃあ同じもの」
「梅の酎ハイとカシオレ、サーモンのカルパッチョとモツァレラトマト、焼き鳥盛りも1つ」
店員が去ったのを見計らって、
「月曜だしほどほどにね」
と彼女に釘を刺す。
「ほんとは飲みまくって大暴れしたい気分ですけど、もう気持ち整理できてるんで、安心してください」
直樹とのことだとわかるけど、深くは聞けない。
「島本さん、偉いよ~。女は前向きが一番。振り返ってちゃ、あっという間におばあちゃんになっちゃうんだから」
なぜか伊知子が訳知り顔で語っている。
「私、去る者は追わずのタイプなんで。幸いほって置かれることもないですけど」
私は箸を止めて一瞬唖然としたが、さっきからチラ見している周りの男性陣の明らかな視線の行方に気づいて納得せざる負えなかった。
「ねえ、松阪君はなんであなたに報告したの?」
遠慮ない伊知子が瑞希ちゃんに問いただした。
瑞希ちゃんは私の顔色を窺うように見て、ちょっとだけ意地悪そうにふふっと笑ったが、
「内緒にしたら、かかりちょーが気にしそうなので言いますけど、『もし、かかりちょーと上手く行ったら一番に私に教えてください、それだったら諦めます』って約束してたんです」
そう自慢げに言った。
伊知子がふいに手を伸ばして瑞希ちゃんの頭を撫でた。
「あんた、見かけよりずーっといい女ね。見直したわ」
私は伊知子に撫でられて、驚いた瑞希ちゃんの大きな瞳が一瞬切なげに揺れるのを見過ごさなかったが、気づかないフリで届いた酎ハイに手を伸ばした。
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