0人が本棚に入れています
本棚に追加
「誰が、鬼や。わしら、そんなアルバイトはしとらんで。それに、鬼は悪いことをする奴らを懲らしめるんや。変な譬えはやめてんか」
「す、すいません。人間界では、ひどいこと、悪いことをする人を鬼というもんで。まだ、生きていたときの気分が抜けないもので、失礼なことを口走りました。それで、その鬼みたいな、いや、鬼ではない悪い奴は、電話をかけるだけに治まらずに、会社や自宅にも押しかけて来るようになり、私は、どこにも居場所がなくなりました。どこへ行くあてもなく、風に漂うように歩いていると近所の小さな公園に着きました。ベンチに座ってぼんやりしているうちに、木の枝が私の眼に飛び込んできました。風が吹いて、枝が揺れ、そのようすがなんだか自分を手招いているように見え、つい、ふらふらと近づき、枝にベルトをひっかけて首を吊ってしまったのです」
「ほんまやなあ。ズボンにベルトがないわ。ベルトはこの世に置いてきたんかいな」
「さっきからズボンがずれて、歩きにくくて困っています」
「借金で首が回らなくなって、その首をとるために、首吊り自殺かいな。よう考えとるがな」
「いえ、首はとれませんで、首にベルトが食い込んでしまったので、死んでしまったのです。おかげさまで、今でもちゃんと首がついています」
「いちいち反論せんでもええわ。そっちの奴は何してきたんや。見るからにぼろぼろの服着とるなあ。あんまり、この世ではええ暮らしはしてなかったみたいやなあ」
「ええ、わたしも、このサラリーマンさんと同じように、昔は、きちんと背広を着て、ネクタイも締めて働いていました」
「サラリーマンにさんつけんでもええわ。それにしてもほんまかいな。どう見ても面影はないで」
赤鬼と青鬼は放浪者の周りをぐるぐると回り、指で体のあちこちをつついてみた。
「ちょっと臭いますなあ、青鬼どん」
「これでもまだましなんと違うか。三途の川で落ちんかったら、もっと臭かったはずやで」
「黄鬼どんにちゃんと言うとかなあきまへんなあ。ちょっと変わった奴はいっぺん、剥ぎ取りばあさんに頼んで、ジゴクへ来る前に、せんたく板でごしごしと洗ってもらわんとあかんわ。そうせんと、ジゴクの中がくそうてたまりまへんな」
最初のコメントを投稿しよう!