第二章 二人の男

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 私の人生もそうでした。会社の中では、肉や野菜になりきれず、いつも七味のような調味料として端っこに座っていたのです。いてもいなくてもいい存在。賞味期限も遠い過去のこと。そんな自分の気持ちを知ってか知らざるか、鍋ではいつも七味が一番おいしいと思うのでした。その次は、焼肉が浮かんできました。焼肉も私の大好物です、そして妻にとっても。なぜなら食事の準備が簡単だからです。肉は買ってきたままのラップをとり、野菜類は洗って適当な大きさに切り、盛るだけ。その後はわたしが焼く肉奉行と化すのです。しかし、私が仕切れるのは、卓上コンロの火をつけ、鉄板が暖まった頃、おもむろに牛脂をのせるところまで。さあ、肉をのせましょう、たまねぎをのせましょう、しいたけはよく焼かないと家族が主導権を握りだします。私の役目は、放っておいても溶ける牛脂をあえて箸でつかみ、鉄板の上を何度も何度も繰り返し往復すること。まるで電車通勤と同じです。この意味のない作業こそが私の人生そのものなのです。家族の中では、大黒柱になりきれず、大きな声もだせず、誰かのあとをついて歩き、どうでもいいことに一所懸命になっていたのです。そんな自分の気持ちを知ってか知らざるか、焼肉ではいつも牛脂を鉄板に必要以上に塗りたくる、必要でもない役を買ってでたのです。もちろん無料で」 「なんでも、人生に譬えんでもええで」 「次は、何でしたでしょうか。そう、すき焼きでした」 「なんでもええけど、ほんま、鍋もんばっかりやなあ」 「そのすき焼きの風景が現れるかどうかのときに、なんとあろうことか、ライターの火が消えてしまったのです。私は慌てて、もう一度ライターに火をつけました。再び、すき焼きの風景、それからおでんの風景、お好み焼の風景、湯豆腐の風景が次々と現れては消え去りました。そのうちにライターのガスもつき果てて、私はライターを手に握り締めたまま眠りの淵に落ち込んでしまったのです。水の中を漂うような感覚から、体が宙を浮いているような気分になり、ふと目が覚めたのです」 「ハトのエサが、腹にあたったんとちゃうのか」
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