第1章

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テレビ画面に逮捕者の顔が映し出されると、さくらはおもわず声を上げた。 「あっ」 小さくつぶやくようなその声を、二人掛けのソファの隣でパソコンを眺めていた夫の裕之は聞き洩らさなかった。 「どうしたの?」 「う、え、あ、ちょっと…あの男の人」 妻の目線を追い、裕之もテレビを見た。 「この男、あれ、どっかで見たことある」 男の、髪は肩のすこし上くらいまで無造作にのび、茶色く染められている。 目は一重で鋭く、キツネ目。太い眉が印象的だ。 「大麻所持及び自宅のベランダで栽培していたとみて、捜査を進めています」 顔なじみの中年アナウンサーが、滑舌よく男のことを伝える。 次に映し出されたのは、男が警察に連行される場面。警察に両腕をつかまれ、観念したように車に乗り込む。車のシートに座った男の顔がアップで映し出されると、裕之はっとして、妻と同じように小さな声を漏らした。 「おい、この人、ついこの前まで、お隣さんだった人じゃない?」 「そうだよね、名前もほら、豊田だし。下の名前は、ちょっと忘れたけど。苗字は確かに豊田だったよ」 「へえ、大麻所持。栽培。」 夫はのんきな声で(さくらにはそんなふうに聞こえた) アナウンサーの言葉を反芻した。 「俺たちの隣に住んでいた頃も、そういうことしてたのかな?」 「なんか、そう思うと怖いね。身近にそんな人がいたなんて。」 しかし、さくらにとって、本当に恐ろしかったのは、 むしろそのあとあらたにに映し出された顔写真の方だった、それは、一瞬にしてさくらのこころを凍り付かせた。 夫はすでにその話題に興味を失い、それまで夢中になっていたパソコンの動画に心を移していた。 さくらはひとり画面を見つめた。 色黒で、頬骨の張った写真の男は、犯人の整形手術前の顔だという。 ある男に似ている、いや、にているなどという生易しいものではない。高校時代のクラスメイトの顔にそっくりではないか。 「豊田和彦という偽名を使い、大麻を密輸し、売りさばく仲介の仕事をしていたとみられています。田中昭三はこのほかに5年前に金銭トラブルから、知人男性を殺害した容疑が持たれており、現在、指名手配中でした。警察は、今後この件に関しても、捜査を進めていく方針です。田中容疑者は、偽名のほか、これまで3度にわたり整形手術をしており、捜査の手を逃れるために、あの手この手を尽くした様子がうかがえます」
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