第1章

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整形前の顔、それが・・・・。 じゃあ、あの隣人、豊田和彦は、同級生の田中昭三だったというのか?  気付いた瞬間、さくらの腕に、鳥肌が立った。 さくらは高校時代野球部のマネージャーをしていた。 田中昭三は野球部員で、2年生になり、クラスが一緒になると会話をかわすようになった。 付き合うとか、そういった親密な関係だったわけでは無いが、 部員として、また、クラスメイトとして、そのほかの生徒たちよりは、ずっと親しく過ごした相手には違いなかった。その男がまさか、整形手術をして、隣に移り住んでいたなどとは夢にも思わなかった。 こんなふうに昔の知り合いと再会するなんて…。 さくらはあの日、引っ越し作業の途中で偶然顔を合わせた男の姿をもう一度思い出そうとする。 男はさくらと目が合うと、軽く会釈をし、 「隣にこしてきた豊田と申します。お世話になります」  そう言ってもう一度頭を下げたのだった。 たぶん男は、さくらをみても、かつてのクラスメイトだとは気づきもしなかっただろう。さくらが男のことを田中省三だと気がつかなかったように。 さくらはため息を一つつく。気づけば画面はすでに切り替わり、新しいニュースをアナウンサーが読み上げている。 真夜中、さくらは夫が眠りについたあと、ベットを抜け出し、隣の部屋に向かった。 二人の間には、今はまだ子供はいないが、いずれ生まれたら、子供部屋にするつもりで用意した部屋は、今は物置になっている。窓際に体全体を映すことのできる長い姿見があった。月あかりにてらされて、鏡の表面はうすく光を放っていた。 さくらは鏡の前にたち、そこに写る自分を見つめた。 少し前に突き出していた顎をけずり、右目の下にあったホクロをとり、八重歯を1本ぬき、目を二重にした自分の顔。 夏の大会は、3年間、甲子園の出場は逃した。 最後の試合は、勝ったのか、負けたのか。エースが肩を痛め、出場できなかったのではなかったか? 日焼け止めを手や足にべったり塗った。連日ひどく暑かったような気がする。 けれどそれも、3度あった夏の大会のどの年のことか、もう分からない。 それらの記憶ははまじりあい、大会という一つのくくりで頭の中に収められている。 本当は、どうだったのか、細かいことは思いだせない。 同じように、さくらはもう、以前の自分の顔を思いだせない。元の顔、本当の顔? 「ふふふ」と笑う。
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