第1章 お岩

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灯台の炎に誘われた蛾が、身を焦がす。 障子戸に、伊右衛門の影が映される。 盛夏にも関わらず閉ざされた部屋。 「呼び立てて済まぬな。伊右衛門。」 やがて、伊藤喜兵衛が姿を現す。 供を連れている様子も無い。 「家で待つ恋女房殿も、さぞ御冠であろうな。何、帰りが遅くなる程度の事は、男の甲斐性と・・・」 「御用件は。」 伊右衛門は察していた。 今宵は”裏”の話の為に呼ばれたのだ、と。 「・・・ふん。」 暫し言葉を切っていた喜兵衛は、脇息に肘を掛け、にやりと笑った。 「その眼。油断をすれば、儂まで斬られそうじゃ。」 「御戯れを。」 「流石”八業”の一つ”斬業”を継ぎし、斬鬼、と呼ばれるだけの事は・・・」 「御用件は。」 「・・・仕事じゃ。」 喜兵衛は視線を逸らし、扇を広げた。 煽ぐふりで、頬に伝った冷汗を隠す。 「其方には、島原に飛んで貰いたい。」 「成る程。」 「・・・知っておるのか。」 「藩主、板倉重昌の容赦の無い年貢取り立てに、農民が一揆を企てている、とは。」 「流石、耳が早い。ま、所詮、板倉など大名の器では無かった、と言う事じゃ。」 喜兵衛は漸く落ち着いて来た物と見え、からからと笑った。 「では、百姓共が担ごうとしている神輿の名は。」 「それは存じませぬ。」 「益田四郎。今は天草四郎等と名乗っているそうじゃ。」 「天草・・・」 「瓢箪の馬印を掲げておるらしい。」 「・・・豊臣の?」 「秀頼の落胤、等と言う噂はある。」 一時、豊臣秀吉は瓢箪を馬印として使用していた。 もしそれが事実なら、徳川の御代に於いては容易ならざる事態である。 「しかも、その軍師は・・・森宗意軒らしい。」 「・・・」 伊右衛門の眉が、ぴくりと動いた。 「八業の創始、森宗意軒。其方にとっても、師、と言う事になるな。」 ちり、と言う音を立て、灯台の灯りが揺れる。 それに伴い、影が小さな歪みを作った。 「何れを。」 やがて、伊右衛門が沈黙を破った。 「ん?」 「何れを斬れば。」 「全部じゃ。」 「承知。」 「・・・森は、其方の師であろう?」 「それが、如何致した。」 「恐ろしい男よ。命さえ下れば、恋女房でも殺し兼ねん・・・」 瞬時、向けられた眼差しに、喜兵衛は再び扇を広げる羽目に陥った。
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