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「…だったら、お前は悪くないのかよ」
手の中でぐしゃりと一万円を握り潰す岸谷。
「お前はあの夜…この金だけ置いて、俺を置き去りにして、黙って消えたんだ」
「それは…!」
岸谷の責める眼差しに一瞬怯む。
すると、岸谷は私の手を取り、無理やりお札を握らせた。
「ちょっ!これッ!」
返そうと抵抗するが、反対にトンと肩を押され、突き放された。
よれよれと足元のバランスを崩し、こけそうになる。
その滑稽な姿にフッと表情を緩ませ、岸谷は私の手を軽く引っ張って助けた。
皺くちゃな一万円を握った私の手を大きな手で掴み、ぐいと私の胸に押し付ける。
そして、切れ長の瞳を私に向けて、はっきりと言った。
「俺はあの夜を忘れない。だから、この金はいらない。欲しくない」
ぐっと喉の奥が熱くなった。
真っ直ぐな視線から目を逸らせない。
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