琥珀の檻

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 窓から射し込むやわらかな月明かりの下で、一心不乱にペンを走らせていた。このペンは先生が生前、気に入ってよく使っていたもので、彼の最後の作品もこのペンと水彩絵具で描かれていた。  先生の最後の作品ーー閉ざされた窓から琥珀色の月明かりが降り注ぐ。このアトリエのソファーにもたれかかるように座る女性はその月光に照らされ、手に持った向日葵を物憂いに見つめていたーーそれは私を描いたものだった。  美月くんに向日葵は似合わないねーー この絵のモデルをしているとき、彼がそっと呟いた。私が向日葵を置こうとすると、先生は静かに首を横に振り、麗、と私の名を呼んだ。そのままでーー その時の彼の甘く優しい声が耳から離れない。  ペンを置き、筆をとる。絵の具で色彩を持たせていく。開けた窓から涼やかな風が流れ込み、ソファーの上の萎れかけている向日葵を揺らした。喪服が次第に絵の具で染まっていく。それでも、私は手を止めることが出来なかった。  絵が完成する頃には夜が明け始めていた。完成した私の絵ーー真っ暗なアトリエのソファーに置かれた向日葵。その周りに細かく飛び散った琥珀。開かれ白いカーテンが揺れる窓ーーそれは私が先生と決別するための絵だった。
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