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胸がざわついた。別に先生のモデルをしたのはこれが初めて ではないし、自分がモデルになった絵を見るのもこれが初めてではなかった。なんだかわからないざわつきが胸を掻き回している。それが私には恐ろしくて堪らなかったのだ。
その絵の下には「美月くんへ」と書かれた封筒があった。
私はいつも彼を先生と呼んだ。彼は私が生徒、モデルの時は美月くん、と名字で呼ぶ。麗、と名前で呼ぶ時は一人の女性として見ている時だった。
だから、私は彼に美月くんと呼ばれるのが、特に二人きりの時は、嫌でしょうがなかった。きっと彼は気づいていなかっただろうけど。
私は封筒を手に取る気になれなかった。私に向けられたものであるけれど、そう思いたくはなかった。今思えば、ささやかな抵抗、だったのかもしれない。そっと絵を元通りに、封筒が隠れるように、机に置いた。
絵の中の私は憂鬱そうに向日葵を眺めていた。窓から差し込む月明かりの下から逃げ出せずに、ただ向日葵を眺めることしか出来ない。まるで、琥珀に閉じ込められた虫のようーー
胸を支配してる恐怖が掻き回すのを辞め、私に囁いた。封筒を開けてみろ、と。もう聞くことの出来ない、甘くて優しい声色だった。
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